キャンピングカーのある暮らし #3

足りないことの楽しさ

キャンプの楽しさって何だろう。色々あると思うが、焚き火を見ながら飲むお酒は最高だった。素晴らしいロケーションでひたすら夕陽を見た事もある。アウトドアでの食事はもちろん素晴らしいし(車内で食べる食事も素晴らしい)、キャンピングカーがあると日本全国どんな場所でも自分のリビングのように思えて痛快な気分になることだってある。もちろん初めての土地で経験することや、人との出会いも楽しい。

でも一番の醍醐味は足りないことの楽しさではないだろうか。ミニマムだから得られる心地よさとも言える。2週間キャンプするのにわずかな洋服で何とかなるってことは自宅にある洋服が多すぎやしないだろうか。仕事で必要だとはいえデジタルガジェットに毎日縛られ過ぎじゃないか。食事をする時に使う食器もほとんどないのに何とかなってしまうし、わずかな水や一つの小さなコンロだけでも食材を温め、朝のコーヒーだって飲める。キャンプ中は仕事をしたくても出来ない訳だし、変なしがらみから解放される。もちろん実際の暮らしではそうも行かないが、キャンプ中はミニマムライフを堪能出来るのだ。

そしてもう一つは生きるための基本的な事を一生懸命やって、それ自体が楽しいイベントになるという事だろう。当てのない旅をしていると、今日はどこに車を停めて一晩を過ごすか考えなければならない。出来ればうるさくなく静かなところが良い。温泉に入って疲れを癒すことが出来れば嬉しい。そこから泊まる場所までが近いと旅館の温泉ビールとほぼ同じでこれは本当に嬉しい。明日起きた時の日当たりや車の出入りも考慮する。今移動している場所から考えて夕食の買い出しはどこがベストなのだろうか。より良く過ごすためにあれこれ考えるのが楽しいのだ。これがバックパッカーだったりしたら本当に大変だが、キャンピングカーはその塩梅が素晴らしい。そしてひとときの非日常体験をいつもの暮らしに生かすことが出来る。水、ガス、電気、限りある資源を大切にとはよく言うが、キャンプで身をもって体感する前と後では感じ方が全く違う。ゴミの削減もそうだ。

何もないところでサバイバルな生活というのは無理だし非現実的だが、本当に必要なもの、厳選された好きなものと日々暮らすのは素晴らしいこと。そこにキャンピングカーがあればお金に変える事の出来ない、かけがえのない価値をプラス出来ると思う。

2010年5月 弘前市内のパーキングにて
こんな場所でひっそりと泊まることも出来る

以前乗っていた大きなキャンピングカーが悪いということは微塵もない。ただこの小回りの良さ、気兼ねなく遊びに行ける感じを味わうと病みつきになる。アクティブに動けるうちはこのサイズが楽しいのだ。もちろん歳を重ねたとき、懐に余裕があるのならば今一度大きなキャンパーで優雅に旅をしてみたいとは思うのだが、そんな自分の気持ちとは裏腹に、この後更に風呂敷を小さくしてミニマムな世界へ向かって行くのだ。これは時代の必然なのだろうか…。

とりとめもなく駄文を書き連ねてきましたが、次回はいよいよ「キャンピングカーのある暮らし」最終回です。

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