キャンピングカーのある暮らし #2

その夏の日は軽井沢に向かっていた。高速を使わず碓氷バイパスを走っていたのだがすぐに異変に気がついた。車がもの凄い白煙を上げているのだ。おそらく後ろを走っていた車は全く前が見えなかっただろう。車を停めて確認すると漏れたミッションオイルがマフラーの管にかかって白煙が上がっている。以前からミッションオイルの減りが早い、何か不具合があるのではと思ったのだがこんな事になるとは。幸い車は動くので軽井沢のガソリンスタンドを目指した。何とか峠を登り切ったのだが、しばらくしてアクセルを踏み込んでも反応がなくなった。まだ車が惰性で動いているうちに何とか安全な路肩に停車できたのは不幸中の幸いだった。ここからガソリンスタンドまではおよそ2km。照りつける日差しの中、汗みどろになりミッションオイルを買いに行ったのも今となっては良い思い出だ。

ハイマーキャンプ89のベース車はフォードトランジット。この車に色々問題があるのだが何とかしなければということでオイルクーラーとオイルの温度計を付けた。オイル自体のグレードも更に良いものに変えた。何だか走り屋みたいだ。ミッションになるべく負担をかけない走り方のコツもつかんだので、この後決定的なトラブルは避けられたが、それなりに気を使いながら走ることになった。やれやれ。

1999年8月 道の駅 さるふつ公園にて

ドルフィンの時もキャンプ89の時もキャンパーとは別に日常&仕事用の車があった。つまり2台持ちだった訳だが、しがないミュージシャンには経済的に重荷になってきたのも事実だ。昔に比べて自分の楽器を自ら運ばなくても良くなってきた事もあり、CAMP89を乗りつぶしてしまう前に、何とか持続的維持可能な次の一手を考えようという事になった。

そうなると、やはり1台で日常からキャンプまで、あらゆる状況で使えるキャンピングカーを探すしかないという事になる。アメリカ〜ヨーロッパと来て、ついに日本のキャンピングカーが選択肢に入ってきた。

数ヶ月の大きな喪失感から安心の日本車へ

2006年になってしばらくするとその日はやって来た。ハイマーを手放す時が来たのだ。次の一手のための選択とはいえ、大きな喪失感を味わった。自分の手足をもぎ取られてしまったような気分だ。普通の車で遊びに出かけても全く面白くない。改めて自分の生活の中にキャンピンングカーが大きな位置を占めていたことを痛感した。

もちろん次の旅車探しは進んでいた。ありとあらゆる車を見て検討していたが、果たしてドルフィンやキャンプ89のような楽しさを味わう事ができるのか一抹の不安があった。しかしその旅車探しの中で日本のキャンピングカーが一昔前と比べて格段に進歩している事に気づいた。それは日本の環境から生まれる日本独自の進化と言っていい。もちろん日本の丁寧で繊細な物作りの伝統も生きている。数ヶ月後、たくさんの素晴らしいキャンピングカーの中から遂に自分にぴったりの旅車を見つけた。新たな旅路が始まるのだ。

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